東北新幹線が全線開業した4日午後、青森市内で開かれた祝賀会で、関係者は実現までの38年間をそれぞれの思いで振り返った。 「まずはホッとしたけど、やっぱり、長すぎた」。県新幹線建設対策室の初代室長・奈良聖さん(80)は、元同僚と握手を交わし、喜びを分かち合った後、ポツリとつぶやいた。 奈良さんが室長に就任した翌年の1982年6月、盛岡駅まで東北新幹線が開通。しかし3か月後、政府は整備新幹線計画の凍結を閣議決定した。「あと少しで青森なのに」。当時の悔しさが今も忘れられない。 実現が遅れた最大の原因は、巨額債務に苦しむ当時の国鉄の経営難だった。地元選出の元衆院議員・津島雄二さん(80)は「必要性を検討する以前に、新幹線は赤字を生む悪だと見られていた。当時の世論は厳しかった」と振り返る。